吉橋大師講の札所1番、八千代市吉橋の吉祥院大師堂。
吉橋大師講ってナニ?
「よしはしだいしこう」と読み、八千代市吉橋を中心とした地域で行われる「講」です。「講」とは同一の信仰を持つ人々による団体のことを示します。
白装束の一行が般若心経(はんにゃしんぎょう)というお経や御詠歌(ごえいか)と呼ばれる歌を唱え、船橋市と八千代市にまたがる88か所の霊場札所を回る、というもの。四国で代表的な札所巡りとして知られる四国八十八箇所を模したものだといわれています。
吉橋大師講は春と秋の彼岸に合わせて行われたようです。巡拝各地の札所では地元住民からの接待があり、餅や総菜、菓子などが振舞われた。そのお礼として一行は歌や踊りを披露しました。
参加者は昭和初期に500人以上、終戦直後には1000人以上とかなりの大人数でしたが、1995年に講の活動休止が発表。なぜ活動休止になったのかは不明です。その後2005年から翌年、吉橋大師開設200周年記念の一環として団体巡礼が10回に分けて行われました。
現在は個人や小規模のグループでの巡礼となり、規模はかなり小さなものとなってしまったようです。
悲しいけど、これも時代の流れか・・・・・。
巡礼はほぼなくなってしまったに等しく、札所も霊場としての役割も消滅。消えゆく吉橋大師講・・・・・。しかし札所は現存しているため、訪問することは可能です。ということで今回は吉橋大師講の際に巡る札所と呼ばれる場所に行ってみます。
札所は八千代市と船橋市を中心とした88か所あり、それぞれ1番、2番というように札番と呼ばれる番号が決められています。この札番は巡る順番を示しています。さすがに88か所全部を探し出し訪問するのは莫大な時間を有するので、八千代市にある札番が1番の「吉祥院大師堂」に行ってみます。
恐らくこの吉祥院大師堂から巡礼が始まり、各地を巡ったのでしょう。吉橋大師講のスタート地点と言える場所なのでしょうか。
吉祥院大師堂に行こう
「八千代緑が丘駅」にやってきました。東葉高速線の駅であり、東葉高速鉄道の本社や車両基地の最寄り駅です。東葉高速線は東京メトロ東西線と直通運転を行うため乗り換えなしで東京都心に行くことが可能となっています。便利ですがなお運賃が初乗り210円と高額なのがネックです。
そんな当駅周辺の「緑が丘」地区は典型的な東京のベッドタウンとして栄えています。
駅を出ると無数のマンションがお出迎え。この辺りは長らくの間鉄道空白地帯で何もなかったようですが、1996年に東葉高速線が開業すると急速に開発が進んだとのことです。鉄道がもたらす街の発展とはすごいものですね。
駅前には立派なイオンモールが建っています。住宅、商業施設、駅の近接性がかなり高く利便性がいいですね。
それでは吉祥院大師堂を目指していきましょうか。八千代緑が丘駅から約2.5kmです。
駅を離れると一軒家が立ち並ぶ閑静な住宅街が広がっています。
こういう道路を見るといかにも東京のベッドタウン・・・・・って感じがする。
駅から歩くこと約10分後、景色が一変した。看板には「この先水路施設の管理用道路です。農耕車を除く一般車両は通行ご遠慮ください」と書かれている。
農耕車ってことは、この先に畑でも広がっているのか?
人気の全くない道路。左の高い壁はなんだ?
壁に書かれた看板を見ると・・・・・車庫?東葉高速鉄道の車庫があるのだろうか?
森を抜けるとそこには畑が広がっていた。駅の周りは立派でも、少し離れると景色が一変するのは駅あるある・・・・・。
先ほどの高い壁の上が見えるようになった。架線があるということは車庫に間違いない。
拡大してみると、東葉高速鉄道の車両や東京メトロの車両が見えた。このような場所で都会の車両を見るのはなかなか新鮮・・・・・。
恐らくもう少しで着くだろう。周辺は完全に田舎です。
木々の間からのぞかせるあれがもしかして・・・・・!?
木々に囲まれた場所に建つお堂が一軒。どうやらこちらが吉祥院大師堂のようです。周りを調べてみるか。
石碑には「吉橋大師講第一番札所」と書かれている。ここが吉橋大師講のスタート地点で間違いなさそうです。ここから各地にある88か所の札所巡りを始めたということなのでしょうか。
古めかしいお堂とは対照的にこの石碑は比較的新しい感じがする。最近建てられたものなのだろうか。
裏側を見ると「平成23年3月11日の東日本大震災により倒壊した石造及び記念碑を改修する」と書かれていた。以前にも記念碑があったけど東日本大震災の影響で壊れてしまって新しいのを建てた、ということなのか。どうりで綺麗なワケだ。
必要最低限の管理はされているようだ。
こちらにも第一番という文字が確認できる。吉橋組大師講の元になった四国八十八箇所も書かれている。「新」ってなんだろう?
令和二年三月!?管理はしっかりされているようだ。
ちなみに鈴をガランガランと鳴らすときに揺らす縄は「鈴緒(すずお)」。鈴を鳴らす事により高いところにいる神仏を呼び覚まし、来意を伝える役割があるとのこと。持つ部分の近くにある六角形のものは「六角桐枠(ろっかくきりわく)」と言う。
第一番。ナンバーワンですよ。
「墓」とあるが、吉橋大師講に関する人物のものなのだろうか?
特にめぼしいものは見当たらなかったが、ここが吉橋大師講の札所だということがわかった。規模が小さくなりつつある吉橋大師講を知るうえで大事な場所だと思いました。
まとめ
現在では個人や小規模のグループでの巡礼となり、規模が大幅に縮小されてしまった吉橋大師講。もはや行われていないのに等しいのでしょうか。札所も寂れているかと思いきや、壊れてしまった記念碑が立て直されたり最低限の管理は行き届いている模様。
巡礼が少なくなりつつあっても、関わりのある場所に行くことによってかつての姿を思い浮かべることができる・・・・・かもしれない。
当時の姿はご想像にお任せします。
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