「鹿島駅」~「桃内駅」間歩き。常磐線超ローカル区間。

 

どうもジョセフです。今回は常磐線「鹿島駅」~「桃内駅」間を歩いてみました。

 

この区間は福島県。2011年の東日本大震災の被害を受け、一部の区間は遅い所で2017年まで不通となっていました。6年もの間電車が通らなかったのです。

 

6年も電車が来ないとは・・・・・震災がもたらした原子力発電所の被害の大きさを痛感させます。

 

そして今回はこの区間を歩きます。福島第一原子力発電所に近いこの辺りはどんな景色が広がっているのか、あれから近隣住民が戻り普通の生活がよみがえったのでしょうか?

 

 

 

12時 「鹿島駅」から「原ノ町駅」を目指す


 

「鹿島(かしま)駅」です。茨城県にそのような名前の場所がありますがここは福島県です。

 

震災により不通となっていた時期があり、当駅を含む「原ノ町駅」~「相馬駅」間の営業が再開したのは2011年の12月。震災が起きてからおよそ9カ月でかかりました。

 

 

駅構内にこんなものが。相当年期の入った看板です。

 

 

まずは「原ノ町(はらのまち)駅」を目指します。県道120号線を歩く。近隣住人をそこそこ見かけます。

 

 

道路標識を見る。県道120号線の先には「浪江」「原町」と書かれている。

 

目指している場所は「原ノ町駅」ですが標識には「原町」と表記されていますね。この違いは何なのか?後ほど解説します。

 

 

駅から離れると緑が目立ってくる。

 

 

田んぼや森ばかりで特に何もない。

 

 

田んぼの先に見えてきたのは南相馬市の中心部。あの中に「原ノ町駅」があります。

 

 

常磐線の踏切。この辺りの常磐線は単線で本数も1時間に1本ぐらいしかありません。

 

 

徒歩約1時間50分で「原ノ町駅」につきました。福島県南相馬市の代表駅で、常磐線における運行上の拠点でもある駅です。

 

駅の所在地は「原町(はらまち)」だが、南相馬市の前身である原町市を通っていた陸前浜街道の宿場のことを原町(はらのまち)宿と読んでいたため、駅名が「原ノ町」になったとか。

 

 

当駅で注意したいのがICカード乗車券のSuicaとPASMOの利用である。

 

常磐線は「原ノ町駅」から北は仙台エリアとしてICカード乗車券を使用可能、しかし南は「いわき駅」まで使用することができない。(「原ノ町」~「いわき」間はICカード乗車券非対応)

 

そして「いわき駅」から南は首都圏エリアとして使用が可能となる。

 

ここで大事なのがICカード乗車券の「エリア」である。

 

常磐線では首都圏エリアと仙台エリアに分かれています。ICカード乗車券はエリアをまたがっての使用はできないのです。

 

 

 

たとえば仙台エリアの駅でピピッと入場します。そして電車に乗って首都圏エリアの駅まで行きます。

 

改札を出ようとすると・・・・・ピンポーン!!駅員に処理してもらわなければならない羽目に。

 

 

便利なICカード乗車券も万能ではないようです。何でこんなシステムになっているのか?

 

JR曰く「各事業者全体のシステムを作り変える必要がある上、運賃の計算範囲も膨大に広くなる。」

 

エリアが広くなれば広くなるほど膨大なパターンの運賃検証を叩きださなければならないのです。

 

2007年にJR東日本が首都圏の交通各社との間でICカードの相互利用を可能にした際には、共通仕様策定に3年を費やしたといいます。

 

いろいろと事情があって現在のようなエリア方式になっています。エリアを越えて使用する場合は気をつけましょうね。

 

 

改札外にある「原ノ町駅陣屋」には祭礼である相馬野馬追(そうまのまおい)に関する観光展示スペースが設けられている。立派な甲冑が展示されています。

 

 

 

14時10分 「原ノ町駅」から「磐城太田駅」を目指す


 

次は「磐城太田(いわきおおた)駅」に行きます。「原ノ町駅」前に何やら大きな建物を建てているようです。ホテルだろうか?

 

 

原町市はもうない。2006年に鹿島町と小高町と合併することにより南相馬市となった。

 

道路にはいまだにこういうのが残っています。

 

 

横を常磐線が通り過ぎていきます。この辺りは利用客が少なく、乗っているのはほとんどが旅行客だと思われます。

 

 

遠くに跨線橋が見えてきました。駅はもうすぐです。

 

 

徒歩約1時間で「磐城太田駅」に到着しました。無人駅でICカードは使えません。

 

震災により不通となり、当駅を含む「小高駅」~「原ノ町駅」間の運転が再開されたのは2016年の7月です。約5年もかかりました。

 

 

トイレは昔ながらの汲み取り式でした。いわゆるぼっとん便所ってやつです。

 

 

待合室の中に空間線量率を計測する装置が。

 

空間線量率とは簡単に言うと放射線量の事です。詳しくは不明だが日本全国1時間当たりの空間線量率は大体0.04~0.1μ㏜(マイクロシーベルト)らしい。

 

 

 

15時20分 「磐城太田駅」から「小高駅」を目指す。


 

次は「小高(おだか)駅」に行きます。駅周辺は閑静な集落が広がっている。

 

 

線路沿いは森ばかり。特に何もない。

 

 

「原町区」と書かれた標識。南相馬市原町区の事です。標識に市町村ではなく地域自治区の名前が書かれています。

 

標識とよく見てみると「区」の文字が上から貼られており、英語表記がHaramachi City(原町市)となっている。

 

南相馬市の前身だった「原町市」の「市」を「区」に貼りかえたものでしょう。

 

 

先ほどの標識の近くに「小高町」と書かれたポールが建っている。「小高町」は2006年に隣接する市町村と合併して南相馬市となった。

 

この辺りは市町村が合併する前の名残がありますね。今はもう存在しない町の名前が道中に見られます。

 

 

「あぶくま信用金庫」。ATM離れした和風な建物が良い。

 

 

小高駅周辺の住宅街はなかなか広い。人も普通に住んでいるようです。

 

 

徒歩約1時間20分で「小高駅」につきました。この辺りの常磐線の駅の中では比較的利用客が多く、駅員がいます。

 

また「富岡駅」から出ている列車代行バスの「原ノ町駅行き」は途中当駅に停車します。1日1本しかありませんが。

 

 

これは駅員もしくは周辺住民の手作りだろうか。いい作品ですね。

 

 

 

16時50分 「小高駅」から「桃内駅」を目指す


 

最後は「桃内駅」に行きます。県道120号線を歩く。

 

 

これと言って何もないが横を電車が通り過ぎたので撮影。

 

 

歩いても歩いても見えるのは緑ばかり。道路の交通量はそこそこ。

 

 

徒歩約1時間で「桃内駅」につきました。

 

当駅を含んだ「浪江駅」~「小高駅」間の運転が再開されたのは2017年4月。震災から再開するまで6年かかっています。

 

 

桃内駅は階段を上って高台の上にある。駅前を見渡すとご覧の通り何もありません。

 

秘境駅っぽい?

 

 

2番線側に線路が引いてあったような跡がある。何らかの理由で撤去されたようだ。

 

 

 

以上で「鹿島駅」~「桃内駅」間歩きは終わりとなります。震災の被害により不通となっていた駅が多いですが、年が経つにつれ解消され今までの生活風景が取り戻されてきています。

 

何気ない生活風景が見られるってのは幸せなことなのかもしれません。なんでもない日、ありがとう。

 

ちなみにこの辺りの一部の駅はICカード乗車券のエリアが違っていたりカードそのものが使えない区間もあります。くれぐれもご注意を。

 

 

 

今回のルート


 

鹿島駅(8.6km)→原ノ町駅(4.8km)→磐城太田駅(6km)→

 

小高駅(4.5km)→桃内駅

 

 

 

今回の費用


 

交通費

週末パス使用のため除外

 

コンビニで軽食

合計822円

 

自動販売機

合計390円

 

ホテルで一泊

5700円

 

合計6,912円

 

 

 

2019年09月24日|常磐線:原ノ町, 小高, 桃内, 磐城太田, 鹿島